ラマン分光法を用いた食品分析:油脂の分析

物質のラマンスペクトルは、分子の基準振動に由来する多くのピークからなるパターンを示し、分子の構造や並び方の秩序、局所的な相互作用などに関する豊富な情報を含みます。

以下では、食品・医薬品・化粧品産業における重要な基礎原料である油脂を対象としたラマンイメージングによる局所的な構造解析例を紹介します。

【目次】
 1.脂肪酸の不飽和度評価
   - ラマンスペクトルと脂肪酸の不飽和度との関係
   - 食品の共焦点ラマンイメージング
 2.脂肪酸の種類の識別
   - ラマンイメージングデータのクラスター分析
   - クラスター成分の特定
 3.脂肪酸の結晶性評価
   - ラマンイメージングの多変量解析
   - クラスター成分の同定
   - クラスター成分の分散状態
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1.脂肪酸の不飽和度評価

植物油は、動物性脂肪に比べて一価や多価不飽和脂肪酸を多く含むため、その機能性、物理化学特性や保存性が大きく変わってきます。ここでは、動物性、植物性と加工油脂を含む食品サンプルの不飽和度の分析事例を紹介します。

ラマンスペクトルと脂肪酸の不飽和度との関係
ラマンスペクトルにおける、 C=C と CH2、あるいは、=C-H と CH2 のピークの相対面積比は、測定箇所の脂肪酸の不飽和度を反映します。

食品の共焦点ラマンイメージング
4種類の食品サンプルを選び、共焦点ラマンイメージングを行った結果を図3に示します。上段は、各サンプルの成分分布、下段は、それぞれの脂質部における C=C / CH2 ピークの相対面積比、いわゆる「不飽和度」を反映したイメージです。
バターと生クリームでは、不飽和度は低くほぼ均一的な分布を示し、マーガリンでは、不飽和度は高く若干のバラツキが現れています。また、アーモンド粉の不飽和度は、高く不均一、脂質以外の成分分布との相関があると示唆されます。

2.脂肪酸の種類の識別

近年、スペクトルイメージングデータを多次元データとして取り扱いグローバルに解析するケモメトリックス (多変量解析) が、最大限の化学情報を引き出すため有用なアプローチとして注目されています。


ラマンイメージングデータのクラスター分析
図4に、マーガリンのラマンイメージングデータから油脂系成分をクラスター分析により識別した事例を示します。イメージングデータ (50×50μm, 22500スペクトル) をクラスター数 N=4で解析を行いました。

クラスター分析により得られた成分①は、水分(ブロードな ~3400cm-1 バンドが特徴的)、成分③は、乳剤(lecithinの同類)、 成分②と④は、脂肪酸であることがわかりました。

クラスター成分の特定
クラスター分析により、成分②と成分④に分類された代表的なスペクトルを図5に示します。
成分②のスペクトルは、成分④に比べて、1650cm-1/1440cm-1、および、3006cm-1/1440cm-1ピークの面積比が高く、不飽和度が高いことがわかりました。よって、成分②は植物性と成分④は動物性と示唆されました。

3.脂肪酸の結晶性評価

バターのラマンイメージング結果では、油脂 (CHピーク面積) の分布に秩序があるように観察できたため、さらに高度な多変量解析を用いて調査しました。


ラマンイメージングの多変量解析
ここで用いた多変量解析では、多次元データセット D ( x; y; ω ) を複数成分のスペクトル Sn(ω) と成分濃度に比例する強度のパラメーター An( x; y )、そして残りのランダムノイズに統計的な方法にて分割します。以下では、バターのラマンイメージング結果をクラスター数 N=3 とし多変数解析を行った結果を示します。

クラスター成分の同定
成分①と成分③の代表的なスペクトルを図7に示します。上段に示したスペクトルでは、CH伸縮振動領域では成分①が、指紋領域に対して強度が高く、成分③より長い鎖と示唆されました。また、下段に示した指紋領域の詳細なピークの比較から、成分①では、矢印で示した部分にAMF (anhydrous milk fat) の特徴的なピークが検出されました。
成分①と成分③は油脂系で、成分①は結晶性油脂、成分③は非晶性油脂と識別できます。また、成分②は水分と識別できました。

クラスター成分の分散状態
複合ラマンイメージを図8に示します。赤で示した成分①は結晶性油脂、青で示した成分②は水分、緑で示した成分③は非晶性油脂です。

水(成分②)は、3μm以下のW/O型エマルションとなっている様子、結晶性油脂(成分①)は、1μm~の粒子として存在し、軟らかい非晶性油脂 (成分③) 中に島状に存在する様子がそれぞれ確認できます。
なお、結晶性油脂 (成分①) の大きなクラスター (数10 ~ 100μm) が検出されなかったため、結晶化は初期的な状態であると考えられます。


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