パルスNMR法による高分子の状態解析・物性分析

パルス核磁気共鳴法 (パルスNMR) は分子の運動性を評価できることから、高分子材料をはじめ、食品・バイオ・鉱業・石油化学などさまざまな領域で利用されています。
とくに高分子科学の分野では、分子の集合体としての “物質特性” を発現する因子の1つである高次構造や分子の運動性に対応した緩和時間をパルスNMRにより精度よく求めることができます。
 
 
【目次】
 1.パルスNMRとは
 2.パルスNMRで観察される2つの緩和時間
 3.パルスNMRの適用領域
 4.ナノ粒子を配合したゴムの分析事例
 5.最後に

1.パルスNMRとは

静磁場の中に置かれた試料では、原子核の回転運動状態は高いエネルギー状態と低いエネルギー状態に分かれます。
 
NMRでは、この状態で試料にラジオ波を照射し、励起された原子核の緩和過程で放出されるエネルギーを捉えます。このエネルギーは注目する原子核種 (例えば、1H、13C等) 並びにその磁気的な環境を反映したスペクトルとして検出されます。
 
NMR測定法の種類としては、
・ケミカルシフトから化学結合を同定する高分解能NMR法
・測定系全体の緩和情報を得るパルスNMR法
があります。
 
測定系中に不均一相が存在する場合、パルスNMR法を用いることにより、各相の成分比、すなわち分子運動性の異なる成分の比を求めることが可能になります。
このことから、パルスNMR法は高分子等の高次構造等の解析には欠かせない手法となっています。

2.パルスNMRで観察される2つの緩和時間

パルスNMR法では、スピン-格子緩和時間とスピン-スピン緩和時間の2つの緩和時間が求められます。
 
1) スピン-格子緩和時間 (縦緩和時間:T1,T)
パルス照射により吸収した熱エネルギーを放出するまでの緩和時間で、原子核とその周囲とのエネルギーのやり取りに関係しています。
 
2) スピン-スピン緩和時間 (横緩和時間:T2)
パルス照射により秩序だった状態からランダムな状態へ戻るときの緩和時間で、分子運動情報を直接的に評価できます。
 
磁場中に置かれた試料に数μs以下のラジオ波パルスを照射し、その応答信号である自由誘導減衰 (FID: free induction decay) の時間的変化を観測します。
 
シリカ充填天然ゴムで測定されたFIDを図1に示します。FIDの減衰速度は分子レベルでの運動性を反映しており、FIDの変化する様子から種々の緩和成分 (T2a, T2b等) およびその分率を求めることができます。

パルスNMRにより測定されたシリカ充填天然ゴムの自由減衰(FID)

3.パルスNMRの適用領域

パルスNMRは、分子の運動性を評価できることから、高分子の基礎研究から工業的利用まできわめて幅広い領域で用いられています。
 
主な適用領域:
  ・複合材料の組成分析
  ・ゴムの架橋密度
  ・ゴム中の架橋領域と可動領域の定量
  ・結晶性高分子の結晶相と非晶相の比率 (結晶化度)
  ・ブレンドポリマーの相構造・相溶状態の解析
  ・複合材料の界面相互作用の評価・解析
  ・高分子材料中の可塑剤成分の定量
  ・高分子ペレットの密度測定
  ・吸着した水の運動性評価
  ・高分子ゲルの相転移研究
  ・ポリマー水溶液・ハイドロゲル中の水の存在状態の解析
  ・共重合組成比率解析
                など

4.ナノ粒子を配合したゴムの分析事例

2種類の加硫天然ゴム試料を用意し透過電子顕微鏡 (TEM) 観察とパルスNMR測定を行いました。
 
試料は、
・ゾルーゲル法でその場合成したシリカを充てんした硫黄加硫天然ゴム (NR-in situ-V) と、
・市販シリカを充てんした硫黄加硫天然ゴム (NR-mix-V)
・シリカ添加なしの硫黄加硫天然ゴム (NR-V)
です。
 
それらのシリカの凝集構造をTEMで観察した画像を図2に示します。両試料におけるシリカの分散状態の相違が観察され、NR-mix-Vに比べ、NR-in situ-Vの方がシリカ粒子径が大きいことがわかります。

シリカ充填硫黄加硫天然ゴムの透過電子顕微鏡(TEM)像

シリカと天然ゴムとの界面層のモデルを図3に示します。TEM像においては観測されないシリカと天然ゴムとの界面層の情報を得ることを目的として、パルスNMR測定を行いました。

シリカと天然ゴムとの界面層のモデル

パルスNMRでの測定結果を図4に示します。結果から長い緩和時間T2a短い緩和時間T2bが確認できます。前者はマトリックスであるゴムの分子運動性を、後者はシリカ/ゴム界面の分子運動性を反映するものと考えられます。
 
これらの結果はNR-V (シリカ無し)、NR-mix-V、NR-in situ-Vの順にシリカ/ゴム界面の分子運動性が拘束されていることを示唆しています。

加硫天然ゴムのパルスNMR測定結果

5.最後に

パルス核磁気共鳴法 (パルスNMR) を用いることで、高分子の高次構造や分子の運動性に対応した緩和時間を精度よく求めることができます。
高分子材料をはじめ、食品・バイオ・鉱業・石油化学などさまざまな領域の研究開発にパルスNMR法を活用ください。
 
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シリカ充てん硫黄加硫天然ゴムを御提供頂きました、京都大学化学研究所教授 粷谷信三先生並びに、京都工芸繊維大学工芸学部助手 池田裕子先生に厚く御礼申し上げます。

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