エマルション (乳濁液、ラテックス) は洗顔料やクリームなどをはじめ、様々な製品に応用されています。エマルションの構造は、製品の性能と密接な関係することから、その構造解析は重要です。
ここでは、NMRとSAXSの分析法を用いてエマルションを解析した事例を紹介します。
拡散NMR法によりエマルションの連続層を決定し、小角散乱 (SAXS) 法により液晶構造、ミセルの周期構造の解析しました。
【目次】
1.エマルションの構造
2.拡散NMR法とSAXS法によるエマルションの構造解析
2.1 拡散NMR法による連続層の決定
2.2 SAXS法による液晶構造、ミセル間平均距離の解析
3.オイルタイプのメイク落としの解析事例
・濡れた手NG品
・濡れた手OK品
4.最後に
1.エマルションの構造
エマルションは、水と油のように互いに溶解しない液相のうち、どちらか一方が、100μm以下の微細な液滴として分散した系です。
水・油・界面活性剤の3成分系では、組成・温度により、水中油滴 (O/W) 型エマルション・ミセル・液晶・両連続・逆ミセル・油中水滴 (W/O) 型エマルションなどの様々な構造を形成します。
2.拡散NMR法とSAXS法によるエマルションの構造解析
2.1 拡散NMR法による連続層の決定
拡散NMR法では、水・油・界面活性剤の信号を個別に解析し、自己拡散係数 (D) を求めることが可能です。
図1に水・油 (テトラデカン C14H30)・界面活性剤 (ペンタエチレングリコールドデシルエーテル C12E5) 系エマルション試料の拡散NMRスペクトルを示します。
水分子および油分子の拡散係数は、それぞれ
Dwater = 1.7×10-9m2/s、
Doil = 0.13×10-9m2/s
であることがわかります。
水分子の拡散が速く、油分子の拡散は遅いことから、水が連続相であり、ミセル構造をとっていることが示唆されます。

同様に、拡散NMR法により、水・油の拡散係数から連続相を推定し、両連続構造、逆ミセル構造の決定が可能です。
ミセル | 両連続 | 逆ミセル |
![]() |
![]() |
![]() |
Dbulk water~Dwater >> Doil | Dbulk water>Dwater~Doil <Dbulk oil |
Dwater<<Doil~Dbulk oil |
2.2 SAXS法による液晶構造、ミセル間平均距離の解析
SAXS法では、溶液・粉末・フィルムなど試料の形状を問わず、温度を変化させながら、数nm~数十nmのスケールで形状・周期性に関する構造情報を定量的に評価することができます。
エマルション試料において液晶構造を形成する場合、散乱パターンから液晶の種類を同定し、ピーク位置から高次構造の周期 (d) を求めることが可能です (図3)。

ミセル構造および逆ミセル構造においては、濃厚な系であれば長周期構造に関する情報が得られ、ピーク位置からミセル間平均距離を求めることができます(図4)。また、希薄な系であれば粒子のサイズや形状の評価が可能です。

3.オイルタイプのメイク落としの解析事例
市販のオイルタイプのメイク落としについて、拡散NMR法とSAXS法を用いて解析した事例を紹介します。
一般にオイルタイプのメイク落としは、製品処方時は逆ミセル構造ですが、使用時・洗い落とし時に水が加わることで逆ミセルから液晶・ミセルなどへの状態の変化が生じます。これらの状態変化によって洗浄力や洗い流し後のさっぱり感など製品性能が変化します。
以下では、
・濡れた手で使うと洗浄力が落ちるタイプ (濡れた手NG品) と
・濡れた手で使っても洗浄力が良いタイプ (濡れた手OK品)
の2つの製品について、状態の変化を解析した結果を示します。
濡れた手NG品
図5に、濡れた手NG品の拡散NMRの解析結果を示します。
水添加10質量百分率 (mass%) において、オイルの拡散係数が大きく減少していることから、オイルは連続相ではなくなっており、高い洗浄力を示す逆ミセル構造から状態が変化していると考えられます。
拡散NMR解析によって得られる連続相の情報に加えて、SAXS散乱曲線の解析を行うことにより、5、10mass%は洗浄力の高い液晶構造であり、それより水が多いときは洗浄力の低いミセルまたはO/Wエマルションであることがわかりました。

濡れた手OK品
図6に、濡れた手OK品の拡散NMRの解析結果を示します。
濡れた手OK品では、NG品とは異なり、水添加10mass%においてもオイルの拡散係数が比較的大きく、逆ミセル構造を保持していることが示唆されます。
加えてSAXS解析を行うことにより、25mss%まで高い洗浄力の逆ミセル・液晶構造であり、それより水が多いときは洗浄力の低いミセルまたは、O/Wエマルションであることがわかりました。

以上の結果から、濡れた手OK品はNG品に対し、洗浄力の高い領域 (逆ミセルおよび液晶領域) が広いことがわかりました。
4.最後に
拡散NMR法による連続相の決定、およびSAXS法による液晶構造、ミセル周期構造の解析は、ともにエマルションの構造解析に有用な手法です。エマルション製品の性能や機能発現・機構の解明に活用ください。