PFG-NMRによる分子・イオンの拡散挙動観測

パルス磁場勾配-核磁気共鳴法 (PFG-NMR法) による拡散測定手法と、その応用としてリチウムイオン二次電池のゲル電解質への適用について紹介します。
 
物質を構成する分子や原子の動的な挙動は材料物性に大きく影響することから、分子や結晶の構造解析と並んで材料のキャラクタリゼーションの一つとして非常に重要です。
 
なかでも、分子や原子、イオン、ラジカルなどが材料中を移動する拡散挙動は、材料の持つ機能に直接関係する場合が多く、とくに電池材料やゲル材料などの分野では研究開発を進める上で不可欠な情報となっています。
 
 
【目次】
 1.拡散と拡散係数
 2.PFG-NMR法による拡散測定の特徴
 3.PFG-NMR装置の特徴
 4.PFG-NMR装置による拡散係数の測定
 5.リチウムイオン二次電池用ゲル電解質の拡散
 6.最後に

1.拡散と拡散係数

ある系の中で、構成成分が高濃度の領域から低濃度の領域へ移動して最終的には全領域に均一に行きわたり、場所による濃度差がなくなる現象を並進拡散といいます。

このとき単位断面積Aをある速度で拡散する物質量mは濃度勾配 (∂c/∂x) に比例することがFickの第1法則として知られており、そのときの比例定数Dが拡散係数です。

数式

PFG-NMR法を用いると、移動物質の濃度勾配や圧力勾配が存在しない場合にも同一種の分子・原子・イオンなどが熱運動により相互に位置を交換する自己拡散現象を観測することができます。

2.PFG-NMR法による拡散測定の特徴

NMR法は、有機化合物や高分子材料の化学構造を決定するために不可欠な手法としてよく知られています。しかし、イオンや分子といった化学種が系内を拡散する様子をNMRによって捉えることができることについてはあまり知られていません。
 
NMR法では、観測核種を選択して測定することから、多成分系の場合でも核種が異なれば、個別の拡散挙動を独立して捉えることが可能です。同一の核種でもNMR信号が分離して観測できれば、それぞれの化学種に関する情報が得られます。また、アイソトープなどのトレーサを添加することなく非破壊で観測することも可能です。
 
材料物性の評価法には機械的強度や電気伝導度などがありますが、多くの場合は材料全体の情報としてマクロな視点での物性値を与えます。これに対して、PFG-NMR法では、ターゲットとする化学種や特定のプロセスを選択的に観測できるという利点もあります。

3.PFG-NMR装置の特徴

一般的なNMR装置は、超電導マグネット、分光計、制御用コンピュータなどで構成されています。拡散測定用のPFG-NMR装置では、これらに加え拡散測定専用のプローブとこれに強いPFGを印加するための磁場勾配アンプを備えています。そのスペックを以下に示します。
 
観測可能な核種 :1H、2H、7Li、11B、19F、31Pなど
最大磁場勾配強度:20T/m (=2000Gauss/cm)
温度可変範囲  :-70℃~+120℃
NMR静磁場強度 :9.39T (1H-NMRの観測周波数400MHz)
 
二次元NMRや溶媒消去などの測定で使われる磁場勾配が通常0.3T/m (30Gauss/cm) 程度までなのに比べ、このプローブとアンプでは非常に強い磁場勾配が得られます。これにより粘度の低い溶液試料だけでなく、ポリマー成分などのゆっくりとした拡散現象やリチウムなどの低周波数核についても観測することが可能です。

4.PFG-NMR装置による拡散係数の測定

拡散測定のための基本的なパルスシーケンスを図1に示します。拡散測定で基本となる手法はスピンエコーのパルス系列に2つの等価なPFGを挿入して構成されます。

PFG-NMRによる拡散測定のための基本的なパルスシーケンス

試料にPFGを照射しない場合に比べ、PFGを照射すると拡散挙動に応じて信号強度が低下します。このときの信号強度の比(E/E0)はPFGの強度g、照射時間δ、間隔Δに依存し、次式で表されます。 (ただし、γは磁気回転比、測定核種に固有の定数)

数式

実際の測定では、δまたはgを変化させながら複数のNMRスペクトルを測定します。(γ2g2δ2)(Δ-δ/3)に対してプロットした信号強度比(E/E0)の自然対数が、直線的に減衰する場合には回帰直線の傾きから自己拡散係数Dが求められます。

5.リチウムイオン二次電池用ゲル電解質の拡散

リチウムイオン二次電池は、モバイルパソコンや携帯電話の電源として広く普及しており、今後も大型・高出力のものが開発されることが期待されています。
 
電池の出力性能を決める主な因子の一つに電解質のイオン伝導性が挙げられ、これは電解質中のイオンの数やその拡散係数などによって決定されます。
 
リチウムイオン二次電池のゲル電解質の構成成分の自己拡散係数を測定した結果を図2に示します。測定に用いたゲル電解質の構成成分は、ポリマー:架橋ポリエチレンオキサイド、溶媒:プロピレンカーボネート、リチウム塩:Li+BF4-です。
 
このゲル電解質では溶媒が最も早く拡散し、アニオン、リチウムイオン、ポリマーの順に拡散が遅くなることが分かります。また、プロットの回帰直線の傾きからそれぞれの化学種の自己拡散係数Dが求められます。各成分のDを図中に示しました。

ゲル電解質の拡散減衰プロットと各成分の自己拡散係数

6.最後に

パルス磁場勾配-核磁気共鳴法 (PFG-NMR法) による拡散測定手法やその特徴、また、分析事例としてリチウムイオン二次電池のゲル電解質への適用について紹介しました。
ターゲットとする化学種や特定のプロセスを選択的に観測できるPFG-NMR法を活用ください。
 
 
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