NMRによるソフトコンタクトレンズ内の水の拡散評価

網目状になった固体の中に液体を取り込んで形成される「ゲル」は、食品・香粧品から医用材料・生体材料・塗料・建設資材まで、さまざまな分野への応用が拡がっています。ゲルの持つ柔軟性・弾力性や独特な機能は、その組成や構造は勿論のこと構成要素の運動状態によっても大きく変わります。
パルス磁場勾配-核磁気共鳴法 (PFG-NMR法) による拡散測定は、物質が材料中を移動する現象を直接観測することができる非常に優れた手法です。
ここでは、ゲル材料に対してPFG-NMR法による拡散測定をおこない、材料の運動状態と機能との関わりを探った例を紹介します。

PFG-NMR法による拡散測定の特徴

NMR法では観測核種を選択して測定しますので、多成分系の場合でも核種が異なれば、個別の拡散運動を独立してとらえることが可能です。また、同一の核種でもNMR信号が分離して観測できれば、それぞれの化学種に関する情報が得られます。
図1に高分子ゲルを形成するポリマーの1つであるポリビニルアルコール (PVA) と水の拡散をPFG-NMR法により測定した結果を示します。これは、PFG照射時間 (δ) を変化させたときに得られる1H-NMR拡散スペクトルです。低分子量である水や不純物は信号の減衰が大きく、運動の遅いポリマーはほとんど減衰しないことがわかります。すなわち1H-NMRではPVAと水の信号が明確に分離されて、拡散運動の違いによって信号の減衰挙動が異なる様子が解ります。

ソフトコンタクトレンズの拡散測定

ここでは、実用ゲル材料としてソフトタイプのコンタクトレンズを題材に、PFG-NMR法による拡散測定の例を紹介します。
ソフトコンタクトレンズは我々の生活に馴染み深いゲル材料の一つで、紙オムツなどと同様に親水性ポリマーに水を保持させた高分子ハイドロゲルをレンズに応用したものです。

【コンタクトレンズに求められる特性】
コンタクトレンズに求められる基本的な性能には生体適合性、酸素透過性、機械強度、透明性などがあります。中でも酸素透過性は、角膜の透明性や代謝機能を維持するためにレンズを通して酸素の供給が必要であることから重要な性能であり、含水率の高いレンズほど酸素透過性にも優れるとされています。一方で、高含水率のものは涙がレンズを通して蒸発しやすい、機械強度が低いなどといったデメリットがあります。

【レンズ中の水の拡散測定】
市販のソフトコンタクトレンズ5種類 (レンズ①~⑤) についてPFG-NMR測定をおこない、レンズの中に含まれる水の自己拡散係数を比較しました。
磁場勾配パルスの大きさに対する水の信号強度変化を解析することによって、図2に示す拡散減衰プロットが得られます。このプロットの近似直線の傾きからレンズ中に含まれる水の自己拡散係数を求めることができます。レンズの種類によって水の動きやすさが異なることが解ります。また、レンズ中の水はコップなどの中の水に比べて1/5~1/15の拡散運動となっています。

PFG-NMR法により得られた水の自己拡散係数と、メーカーから公表されているレンズの含水率、ならびに酸素透過係数との関係を図3に示しました。図3より含水率と水の自己拡散係数の間には良好な相関が認められました。また、レンズ⑤を除く4種類では高含水率のレンズほど高い酸素透過係数を示す傾向にあることが解ります。しかし、レンズ⑤では他のレンズと異なり低含水率でありながら高い酸素透過性能を示しています。

【レンズポリマーの拡散測定】
次にレンズ①とレンズ⑤のポリマー成分について拡散測定を行った結果を図4に示します。拡散係数が大きく異なるため横軸を対数プロットとし、参考のため、1×10-9m2/s、1×10-11m2/s、1×10-13m2/sに対応する拡散減衰曲線を (a) , (b) , (c) として付記しました。
この結果から、レンズ①に比べてレンズ⑤では2桁以上大きな拡散係数を示す信号強度の変化が観測され、レンズ⑤のポリマーには比較的早い並進運動が起きていることが判りました。

【まとめ】
レンズ中の水およびレンズポリマーの拡散測定の結果から、レンズ⑤を除く4種のレンズでは酸素透過の駆動力として主に水の拡散による移動を用いているのに対して、レンズ⑤では水の拡散のみならずポリマーの並進的な揺らぎが酸素透過性能の向上に大きく寄与していることが推察されました。
  
  

おわりに

この事例からもPFG-NMR法による拡散測定が材料の特性把握やメカニズム解析を進める上で有効なツールとなりえることが確認できます。この事例は1H-NMRによる拡散測定の結果ですが、日産アークではこの他にも、7Li、11B、19F、31P、23Naなど様々な核種に対応したPFG-NMR法も可能です。

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