高分子材料の機能や物性には、化学構造や高次構造に加え、構成成分の運動性 (ダイナミクス) が大きく影響することが少なくありません。核磁気共鳴分析法 (NMR法) は、分子の運動状態を解析する手法の一つとして他の分析法にないユニークな情報を提供してくれます。
ここでは、フッ素系高分子電解質膜を対象に各種NMR法によるダイナミクス解析の例を紹介します。
【目次】
1.フッ素系高分子電解質
2.ポリマー分子鎖の運動解析
3.電解質膜に含まれる水分子の運動性
・化学シフトの温度依存性
・緩和時間の温度依存性
・拡散係数の温度依存性
4.最後に
1.フッ素系高分子電解質
フッ素系高分子電解質は、食塩製造用のイオン交換膜、燃料電池の電解質膜、化学反応における酸触媒、除湿膜などとして多くの分野で実用化され、さらなる展開が期待されている高い機能性を有する素材です。
フッ素系高分子電解質は、図1に示すような化学構造を有することから、疎水性の高いフルオロカーボンの領域とイオン交換基の会合した親水性の領域とによるミクロ相分離構造を形成すると言われています。
このような高次構造や分子の運動状態が、この材料の種々の特性を決める因子になると考えられています。

2.ポリマー分子鎖の運動解析
高分子材料の分子構造を解析する場合には、溶液NMRを用いますが、その材料が使用される状態での高次構造や運動状態を調べる場合には固体NMR法が有効です。
フッ素系高分子材料のNMR測定では高分解能スペクトルを測定するために試料を極めて高速で回転させることが必要となります。
図1に示したフッ素系高分子電解質膜の固体19F NMRスペクトルも高速回転により、ポリマー分子鎖中の各官能基部位を個々に検出することが可能となっています。
測定試料として同一の電解質膜の調湿法を変えることにより、
①水浸漬膜
②高含水膜
③中含水膜
④低含水膜
の4種類を用意しました。膜中の含水率は試料①が最も高く、②から④の順に低下します。
試料②と④について、-50~+30℃の間で固体19F NMRによるスピン-格子緩和時間T1を測定しました。温度可変測定により、試料の運動性を反映した緩和時間の変化が観測されます。主なピークの温度に対する緩和時間を図2に示します。
含水率の低い試料④では、温度に対する緩和時間の変化が小さいことが判ります。これに対し、含水率の高い試料②では温度に対する運動性の変化が大きいこと、各温度におけるピーク毎のT1値の違いが顕著であることが判ります。
また、ピーク3 (主鎖) とピーク1 (側鎖) とで0℃付近での挙動に違いが観測され、スルホン酸基近傍のピーク2は-10℃付近で極小値を示しました。
これらのことからポリマー分子の運動性は材料中に存在する水の量に大きく関係していることが示唆されました。

3.電解質膜に含まれる水分子の運動性
1H NMRを用いることによって、材料中に存在する水の分子レベルでの運動性や、並進運動により拡散する水の様子を捉えることができます。
試料①の1H NMRスペクトルを図3に示します。試料①は、NMR試料管の中で膜を水に浸漬した状態で測定を行っています。
この材料では、膜外の水と、ポリマー分子のスルホン酸基との相互作用により高周波数側にシフトしている膜中の水とが、それぞれ異なるピークとして観測されました。
膜外の水は、0℃以下で凍結してピークが消失しますが、膜中の水は-50℃においてもピークが観察され、極めて低温でも凍結せずに運動していることがわかります。

化学シフトの温度依存性
これらのピークの化学シフトの温度依存性を図4に示します。低温時ほど、膜中の水に由来するピークは高周波数側にシフトしており、スルホン酸と水との水素結合が強くなることが観測されます。

緩和時間の温度依存性
試料①、③および④について測定した、膜中の水の緩和時間T1の温度依存性を図5に示します。含水率の最も高い試料①でのみ-20℃付近に極小値が観察されています。
この結果は上述の固体19F-NMRのT1測定の結果と類似しており、ポリマー分子鎖の運動性と水分子の運動性との間に相関があり、協同して運動していることが示唆されます。

拡散係数の温度依存性
また、-50~+30℃の範囲において、パルス磁場勾配NMR (PFG-NMR) 法により試料の中を水が拡散する様子を観測しました。得られた拡散係数を図6に示します。
全体的な傾向として、低温時ほど、また、含水率の低いサンプルほど拡散係数が小さく、水分子が遅く拡散していることがわかります。また、水浸漬膜 (試料①) の室温付近を除いて、各サンプルの拡散係数は2成分以上観測されており、膜中に運動性の異なる水が2成分以上存在することも明らかになりました。

4.最後に
構成成分の運動の様子が材料の特性に大きく影響します。今回の電解質膜では水の運動性が水素イオン伝導に影響することが知られています。また水の運動性に伴うポリマー分子の挙動は、膜の弾性率や気体の透過性能など様々な特性に大きく関係すると言われています。
このような高分子材料のダイナミクス解析には固体NMR法、およびPFG-NMR法をご利用ください。
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