【目次】
1.はじめに
2.NMRの基本原理
3.MAS法による固体NMR測定
4.正極材料における7Li MAS NMR測定の課題
5.新しいNMR測定手法 MATPASS法とは
6.7Li MATPASS NMRの測定事例
-カチオンミキシングの評価
-充放電過程における構造変化
7.まとめ
1.はじめに
2.NMRの基本原理
3.MAS法による固体NMR測定
4.正極材料における7Li MAS NMR測定の課題
5.新しいNMR測定手法 MATPASS法とは
6.7Li MATPASS NMRの測定事例
-カチオンミキシングの評価
-充放電過程における構造変化
7.まとめ
1.はじめに
リチウムイオン電池正極材料として、特にEV用途では航続距離・コスト・資源問題などの観点から、Niリッチ層状酸化物正極の採用が進んでいます。その中で、Niの増加にともなう構造的・化学的不安定性が顕在化しています。これにより起こる現象の一つとして、カチオンミキシングがあげられます。カチオンミキシングが起こることによりLi拡散経路が遮断され、内部抵抗の増加やさらには容量低下が引き起こるとされています。そのような状態を把握し、対策が効果的になされているかなどを確認するには正極材料の構造解析が必須です。
構造解析の代表的な手法としてはX線回折 (XRD) や中性子回折 (ND) があげられます。これらの回折法は主に周期的な平均構造を反映します。それに対し、核磁気共鳴分光 (NMR) ではLi周囲の局所構造を直接捉えられる点に特徴があります。ここでは、NMRの新たな測定手法であるMATPASS法を用いてリチウムイオン電池正極材料の構造解析を行った事例をご紹介します。
構造解析の代表的な手法としてはX線回折 (XRD) や中性子回折 (ND) があげられます。これらの回折法は主に周期的な平均構造を反映します。それに対し、核磁気共鳴分光 (NMR) ではLi周囲の局所構造を直接捉えられる点に特徴があります。ここでは、NMRの新たな測定手法であるMATPASS法を用いてリチウムイオン電池正極材料の構造解析を行った事例をご紹介します。
2.核磁気共鳴分光 (NMR) の基本原理
NMRはNuclear Magnetic Resonanceの頭文字をとったもので、日本語では核磁気共鳴と言います。分子を構成する原子核を、大きな磁石である装置の中で測定します。原子核は磁場中で向きが揃い、そこに特定の電磁波を照射するとエネルギーの吸収が起こり、その共鳴信号を観測します。共鳴信号は原子核の化学的環境の違いによりシフトします (化学シフト) 。この化学シフトから原子核の化学的環境を、またそのピーク面積から量比を知ることができます。
NMRでは原子核を観測するため、原子レベルでの解析 (局所環境・原子のつながり) が可能です。また、例えばLi、F、Pなど様々な核種が測定可能であり、それぞれ別々の信号で観測できる核種選択性があります。そして、NMRで使用する電磁波は試料にダメージを与えないため、非破壊で測定が可能です。
NMRでは原子核を観測するため、原子レベルでの解析 (局所環境・原子のつながり) が可能です。また、例えばLi、F、Pなど様々な核種が測定可能であり、それぞれ別々の信号で観測できる核種選択性があります。そして、NMRで使用する電磁波は試料にダメージを与えないため、非破壊で測定が可能です。
3.MAS法による固体NMR測定
基本の固体NMR測定法として、マジックアングルスピニング (Magic Angle Spinning : MAS) 法が用いられます。固体は分子運動が制限されており、核スピンは外部磁場に対して様々な方向を向いています (異方性) 。また、分子運動が制限されていることから原子核同士にも大きな相互作用を生じます (双極子相互作用) 。この2つの影響により固体のNMRスペクトルは非常に広幅になってしまいます。MAS法は外部磁場に対して、試料を外部磁場に対して約54.7° (マジックアングル) 傾けて高速回転させることで、相互作用を平均化することができます。
MAS法は、固体NMRでは必須の手法であり、高速回転することで高分解能スペクトルを得ることができます。その際、回転周期に応じたサイドバンド (スピニングサイドバンド) が残るため、観測したいピークと重ならないように回転周波数を調整しています。
4.正極材料における7Li MAS NMR測定の課題
リチウムイオン電池正極ではさらに測定の課題があります。多くの正極材料のLi NMRスペクトルは、多数のスピニングサイドバンドが現れたり信号が広がったり、MAS法だけでは十分な分解能を得ることができません。
正極のスペクトルがこのように広がってしまう理由は、近接する遷移金属が価数に応じて様々な磁性を持つためです。Mnの4価やNiの2価, 3価は常磁性を示し、Coの3価, Niの4価は反磁性を示します。NMRでは特に常磁性の影響を強く受けます。遷移金属の磁性によって発生する大きな相互作用はMASでは平均化できないためスペクトルが広がってしまいます。
正極のスペクトルがこのように広がってしまう理由は、近接する遷移金属が価数に応じて様々な磁性を持つためです。Mnの4価やNiの2価, 3価は常磁性を示し、Coの3価, Niの4価は反磁性を示します。NMRでは特に常磁性の影響を強く受けます。遷移金属の磁性によって発生する大きな相互作用はMASでは平均化できないためスペクトルが広がってしまいます。
5.新しいNMR測定手法 MATPASS法とは
このような課題を克服するために新しいNMR測定手法であるMATPASS法が確立されました [1]。MATPASS法とはマジックアングルターン (Magic-Angle Turning : MAT) と位相調整スピニングサイドバンド分離 (Phase-Adjusted Sideband Separation : PASS) を組み合わせた手法です。
パルス系列により、MATでは、等方成分と異方成分を分離します。PASSでは、スピニングサイドバンド成分を分離し、それぞれを周波数軸上で再配置します。また、分離された異方成分のサイドバンドは等方ピークに加算されます。
MATPASS法を用いることにより、等方成分のみのシンプルなスペクトルを高感度で得ることが可能となります。
パルス系列により、MATでは、等方成分と異方成分を分離します。PASSでは、スピニングサイドバンド成分を分離し、それぞれを周波数軸上で再配置します。また、分離された異方成分のサイドバンドは等方ピークに加算されます。
MATPASS法を用いることにより、等方成分のみのシンプルなスペクトルを高感度で得ることが可能となります。
上図は、スピネル型構造LiMn2O4の固体7Li NMR測定事例です。MAS法 (spin echo) では多数のスピニングサイドバンド (spinning sideband : SSB) が観測されますが、MATPASS法の適用によりそれらのSSBを大幅に抑制・分離でき、高感度・高分解能のスペクトルが得られていることがわかります。これにより、Liの局所構造をより明確に解析でき、微量な欠陥構造などの観測や定量が可能になります。
6.7Li MATPASS NMRの測定事例
カチオンミキシングの評価
上述の通り、Niリッチ層状酸化物正極での課題としてカチオンミキシングがあげられます。ここでは、カチオンミキシングを評価した事例として、層状岩塩型構造のLiNi0.8Mn0.1Co0.1O2 (NMC811) の固体7Li NMRスペクトルを示します。MAS法では広幅のスペクトルとなりますが、MATPASS法によりスペクトルは先鋭化され、1200ppm付近に従来法では識別困難であった微小な信号も明瞭に検出できました。大きな信号は層状岩塩型構造のLi層中のLiです。小さな信号は、本来Li層に存在するLi原子が遷移金属層に置換したものです。Li+とNi2+のイオン半径が近いため、LiとNiが入れ替わる現象が起こります。これがカチオンミキシングです。Li MATPASS NMRスペクトルを波形分離解析することで、この正極ではカチオンミキシングが3%起こっていることがわかりました。
充放電過程における構造変化
また、7Li MATPASS NMRが正極材料の研究開発において有用な点としては、Liイオンの脱離/挿入にともなう遷移金属の価数変化に対し敏感に反応することがあげられます。NMRスペクトルはLi周囲の遷移金属環境の変化を強く反映するためです。反磁性環境にあるLiは0 ppm付近で共鳴しますが、常磁性環境では常磁性イオンとの超微細相互作用により100ppm以上の大きなシフトが生じることがあります。
上図はNMC811のハーフセルを2.8~4.3Vの電圧範囲で各SOC (state of charge) まで充電させ解体し7Li MATPASS NMR 測定を行ったものです。
SOC 0% (初期状態) では、LiはNi3+やMn4+などの常磁性イオンに囲まれており、フェルミ接触相互作用 (Fermi-contact) により大きな超微細シフト (hyperfine shift) を受けます。その結果、約580 ppmを中心とした非常にブロードなシグナルが観測されます。これは、第一・第二配位圏に存在する多数の遷移金属配置 (90°および180°結合) による多様な局所環境の重なりによるものです [2]。
SOCの上昇にともないLiイオンが活物質から脱離し、Niの価数は4価へと酸化されます。それによりLi空孔が生成し層間距離が増大することで、Liイオンの移動性が向上します。これらがNMRスペクトルにどう現れるかを説明します。まず、Liイオンが活物質から脱離することで、活物質由来のLiピーク面積が減少します。また、Ni4+は反磁性であるため、平均化学シフト値は低ppm側へ移動します。さらに、Liイオンが異なるサイト間を高速でホッピングし、NMRの時間スケールで化学シフトが平均化されるため、スペクトル形状はシャープになります。
このように、7Li MATPASS NMRスペクトルは、正極材料におけるLi周りの環境変化やそれにともなう現象により、ピーク面積・ピークシフト・ピーク幅が敏感に変化することがわかります。
【関連記事】
・リチウムイオン電池 正極活物質のLi状態解析 (F541).
SOC 0% (初期状態) では、LiはNi3+やMn4+などの常磁性イオンに囲まれており、フェルミ接触相互作用 (Fermi-contact) により大きな超微細シフト (hyperfine shift) を受けます。その結果、約580 ppmを中心とした非常にブロードなシグナルが観測されます。これは、第一・第二配位圏に存在する多数の遷移金属配置 (90°および180°結合) による多様な局所環境の重なりによるものです [2]。
SOCの上昇にともないLiイオンが活物質から脱離し、Niの価数は4価へと酸化されます。それによりLi空孔が生成し層間距離が増大することで、Liイオンの移動性が向上します。これらがNMRスペクトルにどう現れるかを説明します。まず、Liイオンが活物質から脱離することで、活物質由来のLiピーク面積が減少します。また、Ni4+は反磁性であるため、平均化学シフト値は低ppm側へ移動します。さらに、Liイオンが異なるサイト間を高速でホッピングし、NMRの時間スケールで化学シフトが平均化されるため、スペクトル形状はシャープになります。
このように、7Li MATPASS NMRスペクトルは、正極材料におけるLi周りの環境変化やそれにともなう現象により、ピーク面積・ピークシフト・ピーク幅が敏感に変化することがわかります。
【関連記事】
・リチウムイオン電池 正極活物質のLi状態解析 (F541).
7.まとめ
MATPASS法を用いることで、高感度・高分解能で正極材料のLi NMRスペクトルを観測できるようになりました。Liの直接観測により、X線を用いた分析手法では得られにくい、Li周りの局所構造や化学状態の情報が取得可能となります。
Li周りの局所構造変化による劣化評価、カチオンミキシングのLi定量評価や、Liイオンの脱離/挿入による構造変化や化学環境の変化などを捉えることができ、リチウムイオン電池正極材料の設計指針の最適化や劣化メカニズムの解析に貢献します。
このような評価は、同じく磁性元素を含むLiFePO4 (LFP) / LiMnFePO4 (LMFP) や、ナトリウムイオン電池におけるNa NMR、全固体電池固体電解質のP NMRなど、様々な材料に適用が可能です。
分析のご相談などございましたら、お気軽に下記フォームよりお問い合わせください。
Li周りの局所構造変化による劣化評価、カチオンミキシングのLi定量評価や、Liイオンの脱離/挿入による構造変化や化学環境の変化などを捉えることができ、リチウムイオン電池正極材料の設計指針の最適化や劣化メカニズムの解析に貢献します。
このような評価は、同じく磁性元素を含むLiFePO4 (LFP) / LiMnFePO4 (LMFP) や、ナトリウムイオン電池におけるNa NMR、全固体電池固体電解質のP NMRなど、様々な材料に適用が可能です。
分析のご相談などございましたら、お気軽に下記フォームよりお問い合わせください。
【参考文献】
[1] I. Hung et al., J. Am. Chem. Soc. 134, 1898−1901 (2012).
[2] K. Märker et al., Chemistry of Materials 31, 2545–2554 (2019).
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